ケン坊のこんな感じ。

キーボーディスト、川村ケンのブログです。

本物は、本物。


今日は終日、T京音大の遠隔授業&レッスンでございました。

朝8時30分にPCの前で1時限がスタートし、そのまま、お昼休憩以外はほぼ連続で、

また、今日は「作品の試聴会」という学生の曲を皆で聴き合う、いわゆる発表会もございましたので、

終わったのは、夜の20時近く。

 

でも、今まではこれに通勤時間が加わっていたのですからね。

そう考えると、Webのレッスンの良さと捉えることもできるのかもしれません。

 

現に、満員電車による通勤をしなくて良くなったことを、テレワークの一番の良さとしている人もおられるようですし、

実際、それはそうかもしれません。

最近は僕はクルマに戻してしまいましたが、やはり、手の一本も自由に動かせないギュウギュウ詰めの満員電車に1時間以上とかは、

相当に体力を使います。ましてや、暑い夏や寒い冬(これはコートで暑い)など、本当に気が遠のくような思いをすることもあると思います。

 

そこへいくと、テレワークは、それが無いですものね。

この先、どのくらいの期間、テレワークが主流になるかはわかりませんが、

でも、考え方や感覚には、やはり変化が出るのではないでしょうかね。

 

一方で、テレワークを自宅で行っている場合、

とにかく、自宅ばっかりに居ることになってしまいます。

当たり前ですが(笑)。

 

体感するものが自宅の空気ばかりというのは、脳みそにはどうなのでしょうね。

例えば、音楽を創作するとか、仕事上のアイデアを得る、インスピレーションを得るなどは、

自分がある空間に居る時に、その刺激がきっかけになってひらめいたりすることは、当然ありそうです。

分かりやすい所では旅行などがそうかもしれませんが、それも制限されている今、

ある意味においては、何か生み出す時には「(バーチャルな)想像力」が試されているかもしれないなあと思ったりもするのです。

 

我々大人は、まだ、いいかもしれません。

それなりに、経験がありますものね。

例えば、雪国の冬、常夏の島の太陽、などと言われても、「思い出す」ことができます。

もし、それが体感を伴えない、ネット上での想像でしかなくなったら。

 

これはまずいよなあ、と思うのです。

その土地の空気、ざわめき、匂いなんかが一緒にならないと、やはり説得力がないものになりますよね。

 

新潟のへぎ蕎麦には、お店の座敷の匂い、仲居さんの元気な声なんかも、一緒に思い出されないと。

 

やっぱり、テレワークだけではどうしても賄えないものが、あるんだろうなあと思います。

 

ではー。